phaの日記

パーティーは終わった

寝たいときは寝たいだけ寝ればいい

寝たいときは寝たいだけ寝ればいいし、だらだらしたいときは何もせずにひたすらだらだらしていればいいと思う。やる気がしないときにも無理して頑張って何かをしようとする人がいるけど、そういうときは素直に休めばいいんじゃないかな。日本にはそういう頑張り過ぎな人が多いと感じる。日本の自殺率が高いのはそういう空気のせいじゃないだろうか。死んでまでやらなきゃいけないことなんてない。

何もしないのが偉いってわけじゃないけど、別に何もしなくてもいいと思うのだ。人間のすることなんて所詮やってもやらなくてもいいようなことばっかりだ。ほとんどのことは自分がやらなくても他の誰かがやるし、ほとんどのしたことは数ヶ月か数年も経てば消えてしまう。長く持ってもせいぜい数十年だろう。人類の歴史や宇宙の歴史から見ればほんの一瞬のゴミみたいなものだ。

それに、ほっといたら人間は自然に何かをしようとするものだ。特にやることがなく時間も体力も気力も余っていて余裕があれば、大抵の人間は自然に何かをしたくなってくる。だから人間は無限に怠惰ではいられない。そういった、自分の中から湧いてくる自発的な行動こそが本来人間がするべきことだし、つらいのを我慢して無理に何かをする必要はないのだ。良い仕事というものは、自発的に本人が楽しみながらやるようなところから生まれてくるもので、無理をこらえて頑張って成し遂げられたものではないことが多いし。もし自然に何もしたくならないときは、精神のバランスを崩していたり肉体が疲れていたりするときなので、そういうときは可能な限り何もせずに休んでいればいい。回復して余裕ができれば自然に何かをしたくなってくるはずだから。

「無理して頑張らなくても構わない」ということになると、みんな怠惰になって何もしなくなって、社会が崩壊してしまうと思っている人がいる。そういう人が怠惰な人を叱りつけたり脅したりするんだけれど、くだらないと思う。叱ったり脅したり仲間外れにしたり、鞭で追い立てないと成り立たないようなシステムはロクなものじゃない。国境を壁で囲って隣の国に国民が亡命しないようにしていたというベルリンの壁を思い出す。強制や暴力でしか人間を引き止められないようなところにとどまる必要はない。別に強制しなくたって人間は余裕があれば何かをするのだし、余裕がない人間を追い立てるほど愚かなことはない。そんなことをしても誰も幸せにならない。




(僕が「だるい」とつぶやくときはその「だ」と「る」と「い」の三文字の中に上記のような内容が圧縮されているので解凍してください)