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phaの日記

毎日寝て暮らしたい37歳男の日記です

ニートのための世界史入門(1)



ニート、ひきこもり、不登校。メンヘラ、ホームレス、アーティスト。自分もあまり真っ当じゃない生き方をしているせいか、自分の周りにはそういう、いわゆる社会不適合者のような人間が多い。
まあ社会とか会社とかクソだし、クズばっかりだけど大体いい奴なので集まってだらだらとそれなりにみんな楽しく暮らしているんだけど、社会に不適合な人間は生きるのに困難が多いのも事実だ。貧乏で生きるのがしんどそうな人も多いし、ときどき生きることから外れて死んでしまったりもする。ダメ人間の若年での死亡率は真っ当な人より明らかに高い。体感だけど。

そして貧乏だったりとか死んでしまったりとかで、社会に不適合なクズがうまく生きられなくても、真っ当な人たちは「自己責任だ」「そいつが悪い」という。でも僕はそれはちょっと違うんじゃないかと思う。

自己責任を全く否定するわけじゃない。うまくいかないことを全て「社会のせいだ」とか「親のせいだ」とか言って逃げる人間は醜悪だ。自分の責任で頑張らなきゃいけないことはある。

しかし、自分の責任ではどうにもならないこともある。僕は、自己責任とそれ以外の責任の割合は、大体の場合「5:5」ぐらいだと思う。でも今の日本は「7:3」とか「8:2」とかで自己責任と言って個人に責任をかぶせる割合が多いように感じる。それがこの日本の生きづらさを強くしているんじゃないか。1年に3万人も自殺者がいるとかやっぱりおかしいんじゃないのか。

そんなこんなで、自己責任・格差社会・不平等といった、そのあたりの問題についてちょっと考えてみたいと思った。

なぜヨーロッパ人は世界を征服できたのか

「貧しいのは自己責任だ」という発言を聞くと、「銃・病原菌・鉄」という本を思いだす。この本は、アメリカ人である著者が、ヤリという名のニューギニア人にある質問をされたところから始まる。

ニューギニアは200年前まで石器時代と同じような狩猟採集生活を送っていたが、そこに欧米人がやってきて発達した技術や文化を持ち込む*1とともに、ニューギニアを植民地化した。なぜわれわれニューギニア人はそういった技術や文化を持てなかったのか。なぜニューギニア人が欧米を植民地化するのではなく、その逆だったのだろうか。」

それはニューギニア人が能力的に劣っていたからなのだろうか。西欧の白人がアジアやアフリカやアメリカを侵略できたのは白人が人種的に、遺伝的に優れていたからなのだろうか。人類の1万3000年の歴史を綿密にたどりながら、それは違う、と著者のジャレド・ダイアモンドは言う。

この長い本で導かれる答えは、極めて地理的なものだ。主な文明は全てユーラシア大陸で発展したが、それはユーラシア大陸は地理的な条件に物凄く恵まれていたからに過ぎない。そして恵まれている理由としては「栽培に適した植物に恵まれていた」「家畜化に適した大型動物に恵まれていた」「大陸の面積が大きく、南北ではなく東西に長かった」の3点が挙げられる。この3点がどう文明の発展に繋がったかを詳しく知りたい人はぜひ本を読んでほしい。

銃・病原菌・鉄〈上巻〉―1万3000年にわたる人類史の謎

銃・病原菌・鉄〈上巻〉―1万3000年にわたる人類史の謎

銃・病原菌・鉄〈下巻〉―1万3000年にわたる人類史の謎

銃・病原菌・鉄〈下巻〉―1万3000年にわたる人類史の謎

この本から僕が思うことは、成功とか豊かさというものは、国家レベルにせよ個人レベルにせよ、人間の頑張りとか意志とか精神論ではどうにもならないような、環境に規定される部分が多いということだ。

近代の始まり

現代の問題である自己責任・格差社会・不平等などについて考えるとき、そもそも今の社会のシステムはどのように成立したのか、どういう経緯とバックボーンを持って今ここにあるのか、を知ることは有効だと思う。歴史を学ぶ、歴史から学ぶというやつだ。

今しか知らないと比較するものがないので今のこの状況を当たり前で当然のものとして考えてしまいがちだけど、歴史を知ることで「今の状況は過去の一つの選択肢の結果でしかない」と相対化して距離をとって考えることができる。また、現在は過去の一つの選択肢の結果でしかないけれど、それでも今の状態が成立したのはある程度の必然性があるわけで、現状を1か0で肯定/否定するのではなく、認める部分は認めて変えるべき部分は変えよう、といった柔軟な判断をするのにも歴史的経緯を知ることは助けになる。「銃・病原菌・鉄」のように1万3000年も遡る体力はないけれど、とりあえず200年ほど前に西欧で起きた「近代の始まり」まで遡ってみたい。「近代の始まり」とは今の社会システムの基礎が作られた地点だからだ。

しかし、みんな世界史ってどれくらい知ってるものなんだろう……。今って、中学や高校で世界史って必ず習うんだっけ。習うけど近現代史とかはあんまりやんないんだっけ。受験のときに必須ではないのであんまり勉強しない人も多いんだったか。僕は結構世界史が好きで、暇な時にWikipediaで世界史関係の項目読んでると無限に時間を潰せる感じなんですが、とりあえず「中学とか高校で世界史習った気もするけどよく覚えてない、あんまり詳しいところ分かんない」って人向けに書いてみます。


近代の前は中世や近世と呼ばれる時代だった。ここでは大体の流れをつかめればいいと思うので大雑把に中世も近世も一緒くたにしちゃうけど(国によってもいろいろ違う)、中世とか近世は王様とか貴族とかがいた時代なんですね。日本なら武家とか大名とか。少数の王や貴族が平民を支配していて、平民の下には奴隷なんてのがいる場合もあった。そこには身分の格差という壁がきっちりとあって、身分を移動することは基本的にはできなかった。奴隷の子は奴隷だし農民の子は農民だし貴族の子は貴族。人間は生まれつき平等ではなかった。

しかし、産業や科学や文化がだんだん発展するに従って平民が力をつけ始める。都市が発展して市民というものが生まれる。王や貴族による支配に市民の不満がだんだん溜まっていき、ついには「市民革命」というものが起こって王や貴族による支配体制を倒してしまうのだった。市民革命の代表的なものは、王妃マリー・アントワネットが飢えた民衆を見て「パンが無ければお菓子を食べればいいじゃない」と言って、その後ギロチンで処刑されたというエピソードで有名な*21789年のフランス革命ですね。王様は殺されるか(フランスなど)、象徴的な存在にされてしまう(イギリスなど)。国を動かす主体が王や貴族から市民に移るわけです。ここから近代が始まります。近代とは市民の世紀です。

でも王や貴族がいなくなったからみんな平等で豊かで幸せに暮らせる世の中が来たかっていうと、もちろんそんなに簡単には行かないわけで、19世紀、20世紀と近代では中世以上にいろんなゴタゴタが起き続けます。戦争とかめっちゃあるし、大量に人が死ぬし、世界はまだまだ平和にならない。

(日本の場合は近代の始まりは明治維新だけど、明治維新の実行者は市民じゃなくて薩摩や長州の武士なので市民革命ではない。でもまあそれをきっかけにして西欧の近代の市民社会のシステム(選挙とか徴兵とか)が導入されて実装されはじめたので、とりあえず大まかな流れは同じだと思ってください)

平等とは

全ての人間は生まれながらにして平等であり、法の下で平等である。

さて、ここで出てくるのが平等です。「自由、平等、友愛」、これはフランス革命の時に使われた有名なフレーズなんだけど、人間は他人に不当に支配されて自由を奪われてはならない(=人権)、人間というものは平等なものなので身分や階級はあってはならない、あとみんな友愛しましょう、というのがスローガンだったわけですね。

人間は生まれながらにして全て平等である。その思想に基づいて王や貴族や奴隷といった身分制度は廃止された。天は人の上に人を造らず。人の下に人を造らず。四民平等。しかし身分を廃止すればみんな平たくイコールでハッピーになるというかっていうと、そう簡単にはいきませんでした。だって身分や階級がなくなっても、金持ちと貧乏人の差はまだあるわけだから。市民社会とか資本主義が発展すると、今度はこの貧富の差が問題にされてくるようになります。

そして重要なのは、社会のシステムによって平等を実現しようとする場合、二通りの考え方があるということだ。それは「機会の平等」と「結果の平等」だ。

「機会の平等」とは、「成功できる機会は平等に与えるけれど、成功するかどうかは本人次第で、その結果がどうなるかまでは保証しない」という考え方です。この考えは資本主義・自由競争・市場経済などといった、今の社会の基本となっているシステムに繋がっていきます。この話の最初に出てきた「貧乏人は自己責任」という考え方は「機会は平等に与えられてるんだから頑張れない奴が悪い」というのが根拠なので、この「機会の平等」という考えに基づいているわけです。しかし本当に機会は平等なのでしょうか。結局金持ちの子は金持ちで貧乏人の子は貧乏人になっている割合のほうが高いのでは?

そしてもう一つの「結果の平等」。大雑把に言うと「身分や知識や能力や頑張りに関係なく、全ての人に平等な結果が与えられるべきだ」という考えで、これは社会主義、共産主義へと繋がっていきます。社会主義と言えば現在ではすっかり色あせて過去の遺物となってしまった感がありますが、一時期は世界中の若者や知識人を魅了し、世界中のあちこちに社会主義国がぽこぽこ生まれたという一大ムーブメントでした。そんな社会主義はどうしてうまくいかなかったのでしょうか。

さて、この2つの平等がどうやって現代に繋がってくるんでしょうか、というところで、疲れてきたのでこのへんで中断します。また気が向いたりリクエストが多かったりしたら続き書きます。

そうだったのか! 現代史 (そうだったのか! シリーズ) (集英社文庫)

そうだったのか! 現代史 (そうだったのか! シリーズ) (集英社文庫)

↑この本も分かりやすくてよい本です。

*1:それまでの生活からは想像もつかない文明の利器を白人が持ちこんだことによる衝撃は一種の宗教まで生みだしたほどだった→カーゴ・カルト - Wikipedia

*2:これは作り話だそうですが→マリー・アントワネット - Wikipedia