phaの日記

パーティーは終わった

「枯れた趣味」としての将棋



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はー、だるくてだるくてなんかなんもやる気しないわーって感じでここ数ヶ月引きこもって寝てばかりいて過ごしていたんだけど、ふとしたきっかけで将棋に興味を持ち始めて、他のことはなんもやる気しないけど将棋の本を読んだり観戦したりネット対戦したりはするようになった。将棋をやるのなんて小学校ぶり(二十数年ぶり……)とかだったんだけど、将棋ウォーズというアプリが楽しかったんだよね。将棋のソフトって地味なイメージがあったけど、将棋ウォーズは駒を打ったときのエフェクトとかが派手で、「美濃囲い」とか特定の形を作るとグラフィックが出たりもして、囲いや戦法をトレーディングカードみたいにコレクションする機能もあって、つまりなんかちゃんと今っぽいゲームになってて、そこが初心者にもとっつきやすかった。

あと将棋ウォーズの特徴としては「切れ負け」というシステムがある。これは持ち時間の10分(もしくは3分)がなくなると即負けるというもの。一般にプロが指してる将棋なんかでは持ち時間がなくなっても一手ごとに何秒かの余裕があるんだけど、「切れ負け」だと切れた瞬間即負けだから緊張感が高い。これが前から好きだった将棋マンガ「ハチワンダイバー」と同じシステムだったのが良かった。時間がやばくなると超早指しでバシバシバシバシと画面を叩きまくることになって格ゲーみたいな楽しさがある。

将棋指すのは面白い。10分切れ負け(お互い持ち時間が10分ずつ)だと最長でも20分間の、しかしその短い時間の中に起承転結がちゃんと入った、しかも毎回異なった、濃密な物語を毎回全身で体験できる。将棋の盤面に集中している間は現実のめんどくさいことを忘れていられる。


そもそも将棋に興味を持ち始めたきっかけは、コンピュータと人間が対決するという第2回電王戦の放送をたまたまニコニコ生放送で見たことだった。そんで「とっつきにくいと思ってたけど意外と面白そうじゃん」と思って少しずつハマっていって、今じゃ「将棋世界」という将棋のことしか全く書いてない雑誌を読んでも楽しめるようになった。ちなみに「将棋世界」はiPad版アプリが出ているんだけど、これは誌面に載ってる盤面図をクリックすることで駒を動かせるのがすごく良い。電子書籍ってこういうことのためにあるんだと思う。

コンピュータ対人間の第2回電王戦の結果は、将棋界で上から10人とかに入るA級棋士の一人が負けてしまい、もう人間結構やばいんじゃないかという感じだ。次の第3回ではもう完全にコンピュータのほうが上だって証明されてしまうかもしれない。そうしたら人間が将棋を指す意味なんてなくなるんじゃないか? 次の電王戦までのこの一年は将棋を人間が楽しめる最後の一年かもしれない、というようなことも思って状況を追いかけ始めたのだった。

でも、将棋について知っていくと、そういうものでもないことがだんだんわかってきた。将棋というものが、プロ棋士たちが思考能力を駆使しながらある一つの知的な真理の解明作業を少しずつ進めているというようなものならば、そんなのは計算能力の高いコンピュータに任せればいいし、人間が指す意味はない。でもそういう側面は全くないわけではないが、ちょっと違う。どちらかというと将棋というものは、人間同士がお互いにすごく難しいパズルを出し合う頭脳の格闘技のようなものだった。だから人間同士で指すのは楽しいし、強い人間同士が指してるのを観るのも楽しい。そういう人間的なものだった。実際チェスでは人間はもうコンピュータに勝てなくなっているらしいけれど、チェス界の状況はあまり変化しなかったみたいな話もあるらしい。

ただ、やっぱりコンピュータに人間が全く勝てなくなってしまうと、何か将棋にまつわる雰囲気が少し変わるような気もするんですよね。それはどんなものかはわからないし、何か寂しいことではあるけれど、まあそれは多分歴史の必然として避けられないことだし、その日にどんな変化があるかを楽しみに待つしかないのだと思う。あと人間よりコンピュータのほうが強いと気になるのは「カンニングの可能性」みたいなものだなあ。人間が考えてると見せかけて実は体内に小さな通信機器を仕込んでいて遠隔でコンピュータから最善手を教えてもらってるみたいな悪い人間とか、交通事故で脳を半分失ったけどその分コンピュータを埋めたので計算能力めっちゃ速いですみたいなサイボーグが出てきたらどうすればいいんだろう。


しかしにわか将棋ファンになって思うのは、趣味としての将棋は低コストで無限に時間が潰せてかなり優秀だということだ。IT業界には「枯れた技術」という用語があるんだけど、将棋はそういった意味で「枯れた趣味」だなー、と思う。

「枯れた技術」というのは、どちらかというといい意味で使われることが多い言葉で、「古い技術で、既に今までにみんながいろんなところでさんざん使っているので、それに対するトラブルシューティングとかライブラリとかが整備されている。要するにそれを利用するための周辺環境が整備されているから、安心して楽に使える」というような意味だ。そういう意味で将棋というのはすごく楽しみやすい。楽しむための道筋が整備されている。

将棋の歴史は江戸時代くらいから続いているから、将棋にまつわるいろんな知識だとか物語だとかの周辺情報の蓄積が既にたくさん存在している。図書館とか行けば将棋の本がたくさんあってタダでいくらでも読める。キオスクで将棋専門誌が買えたりもする。対局はテレビでも放映されてるし、新聞にも載ってる。最近ではニコ生などでネットでも将棋を見れる。将棋に関するマンガなどもたくさんあって(「ハチワンダイバー」「3月のライオン」「月下の棋士」など)、そういうところから入るのも入りやすい。

遊ぶのもすごくハードルが低い。チャチなマグネットの将棋盤なら500円くらいでコンビニで買えたりするし、木の盤と駒でも安いのなら2000円くらいで手に入る。対戦相手さえいればそれだけの出費で何百時間も楽しめるだろう。ネット将棋で遊ぶのも安い。「将棋ウォーズ」や「将棋倶楽部24」などは月に350円で何局でも指し放題なんだけど、最近の課金の多いソーシャルゲームに慣れた目で見るとタダみたいなもんだ。350円なんてガチャ1回分だし。

戦後の日本の庶民の娯楽ビッグ3は「野球」「相撲」「将棋」だったらしい。なんというか、将棋みたいに「一時期一世を風靡するくらい流行って、今でも年配の人にファンがたくさんいる」というジャンルの趣味の、利用できるリソースの充実っぷりはすごいなーということを感じるんですよね。こういうカネのかからない趣味をたくさん装備して立派なクソジジイになりたい。

あと、久しぶりに新聞社ってすごいなって思った。将棋のタイトル戦っていくつかあるんだけど、そのへんって大体新聞社がスポンサーになってお金を出してやってるんだよね。いくらかかるかしらないけれど結構な額のはずで、いまどきそんなお金にならない文化事業を後援する企業ってそんなにないんじゃないだろうか。普段新聞なんて全然読まないけど、新聞社偉い。文化を支えてる。

そのへんのことを考えるとニコニコ生放送で将棋を積極的にやってるのって、「ニコニコ動画が文化的なメディアとして一般層に認められる足がかり」というのと「単に文化としてだけじゃなくてコンテンツとしてユーザーもすごい盛り上がる」というのが両立していてうまい組み合わせだなーと思った。

あ、将棋関連で面白かった本の紹介とかもしようかと思ったけど長くなったのでまた次に……。

ポケッタブル パワー将棋

ポケッタブル パワー将棋

ハチワンダイバー 1 (ヤングジャンプコミックス)

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3月のライオン (1) (ジェッツコミックス)

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