phaの日記

なんとかなりますように

宗教っていいよね

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こないだ友人たちとお酒を飲んでいたとき、宗教っていいよね、という話になった。
そもそもは雅楽の話をしていたのだけど、そこから雅楽と天理教の結びつきが強いという話になって(天理教の家の子はそのへんの中学生がギターやピアノを始めるような感じで雅楽を始めたりするそうだ)、そこから天理教の話になっていった。
天理教はそんなに派手に外向きの活動はしてないけれど、信者は多く日本の各地で着実に活動しているらしい。仲間同士の結び付きも強く、何かあったときは信者のネットワークをたどって協力し合う。
「自分がもし身寄りの無い年寄りで、家族も友達もいなくて寂しく一人暮らししていたとしたら、誰かが定期的に訪ねてきてくれたらそれだけでものすごくうれしくない?」
それはすごくいいなと思ったし、そういう役割を果たしているのは、宗教か家族くらいしか現実的には存在しないのかもしれない。
同じ宗教の信者なら仲間が家を訪ねてきてくれたりもするし、活動に参加して一体感を得ることもできるし、困ったときは仲間同士で協力し合えたりもできる。
創価学会が勢力を広げたのも、戦後の成長期に農村から都市部に人が集中したときに、地域的なコミュニティから切り離された人たちの受け皿としてのコミュニティの役割を果たしたからだとなんかの本で読んだ気がする。

僕もそもそもそういうコミュニティを作りたい気持ちがあった。
家族でもムラでも宗教でもなく、そういうところから弾き出された人が、ゆるく助け合うような人の繋がり。そういうものがあれば自分や自分の周りにいるような人がそれなりに生き延びられるのではないかと思っていた。
だけどそれは結構難しいというのを日々感じている。
友達の繋がりとかシェアハウスの繋がりというのは結構弱くて、一時期仲良くしていても、引っ越しや転職や揉め事や結婚やその他いろいろの現世的な事情で、何年かするとなんとなく会わなくなってしまっていることが多い。
放っておくと人はどんどん孤立してバラバラになっていく。
なにかやっぱり、信仰とか血縁とか、そうした軸になるものがないとだめなのだろうか。
かといって今さら宗教を信じるようなこともできそうにないし、神のいないこの世界で何とかやりくりしながら生きていくしかないのだけど。

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